岬たんのSTAY GOLD

シンガーソングライター 岬たんのブログです。

赤信号で死にかけた時に考えていたこと

またもや眠れないので今日も日記を書きます、岬たんです。

今日は高円寺でライブでした!

私は電車の乗り換えが苦手なので(乗り換え時間という決めた限られた時間内に 決められた規定のホームまで歩いて行くのがしんどい)、

高円寺とか中野とか阿佐ヶ谷とか、中央線沿いでライブの日は極力自転車で移動しています。

 

今日もいつものように環七を自転車で通っていると、なんとなく、 脚が疲れたなー と思いました。

自転車を自分で漕ぐのは、どうしても脚が疲れるなぁ。

高校生の頃の私は、だいたいいつも人の自転車の後ろに乗せてもらって駅まで帰っていたので、とっても楽だったなぁ。

 

などと考えていると、

別にいまさら未練とかは無いんですけど(その後に何人か彼氏も作ってるし、強がりではなく本当に未練は無い)

高校のときによく自転車の後ろに乗せてくれてた彼氏のことを思い出してしまいました。

青春かよ。

 

 

あんまりこうゆう事を言うとファンが離れるよ!とも言われるんですけど、

知ったこっちゃないしそれで離れる人はさようなら、また来世で、という感じなのでぺらぺら喋っちゃいますけど、

その彼氏はいわゆる一般的に見たイケメンで、リア充の象徴とも言える部活 サッカー部に所属しており、社長の息子で育ちも良く将来まで約束されていて、と言った具合に天から二物も三物も与えられた男でした。

 

一方 高校生のころの私は、部活にも入ってないし、勉強もやる気がなくて落ちこぼれだし、毎日友達とプリクラを撮ったりクレープを食べたりするのが人生の全てだったような、何にも持ってない、何にもやりたいこともない、すごくつまらない女でした。

 

次期社長であるエリートな彼氏は東京の大学を受験すると言い、一緒に来て欲しいと言うので、自我がないつまらない女も東京の大学を受験することにしました。

 

そして、高校卒業と共に一緒に上京。

 

 

 

そして、上京して数ヶ月ですぐに破局。!!!!!!!

 

 

 

破局後も大学は東京なのでもちろんそのまま東京に残って学生生活を送り、無事に大学を卒業し、就職し、

こうして私は今、東京に生きているんです。

不思議だね〜〜〜

 

その時の彼氏と付き合ってなかったら東京に来てなかったかもしれないし、と言う事は東京で音楽もしてなかっただろうし、人生って本当にどうなるか分からんもんだな!と思います。

 

自らの意思で音楽のために上京した人とかは、若いうちから自我とか夢とかちゃんとあって、ちょっと羨ましいな と思います。

 

もしも当時の彼氏とそのまま円満に付き合い続けていたら、きっと今頃の私は、優雅な社長の妻です。

社長の妻はセレブなので、わざわざやり切れない想いを歌にすることもなかっただろうし、こんな泥臭いやり方で音楽活動なんてしてないだろうし、朝まで日高屋で安酒を飲むこともなかっただろうし、きっと、きっと、お城みたいな床暖房完備のお家でトイプードルでも撫でてたことでしょう。

ハーゲンダッツのアイスを食べながらね。

 

私はいつも行き当たりばったりの思い付きで首を突っ込む人なので、

「何が何でも絶対に音楽をやりたい!」とか思って歌い始めた訳ではなく、色々な偶然が重なって、偶然にも今、東京で音楽をしています。

めっちゃ奇跡なので、見つけてくれたみんなおめでとうございます。

 

 

そう言えばその当時の彼氏、しばらく会ってないし、うちで飼ってた犬が死んでしまったことも知らないんだろうな…。

あんなに毎日一緒にいたのに、私の中のこんなに大きなニュースも知らないんだ…。

別れてしまったら男女は他人なんだな…。

 

などと考えていたら、自転車で赤信号に猛スピードで突っ込んでいました。

車来てたしマジで危なかった。

死ななくて良かった。

 

 

今の私は、彼氏の後ろに乗せてもらっているのではなく、

自分で自転車を漕いで、自分の意思で目的地に向かっているんです。

しっかりしたいです。

 最後まで読んでくれてありがとう。

岬たん